縫い子さんの日がな一日(改)

「若き職人」の称号を返上しつつ、中々、「熟練の職人」になれない田舎の仕立て屋さんの日がな一日

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和裁教室・企画中

 さっちゃんは、へにゃごんのかかだ。
 嫁いでいったので、「さっちゃん」から「へにゃかか」に変身しました。

 縫いの腕は、さっちゃんのほうが上なのですが、へらや裁ちはワタクシが一手に引き受けていましたので、ひわ担当。

 で。

 和裁教室のことで、さっちゃんに相談してみた。へにゃごんが寝ている隙に・・・・・・コソコソ...

 出来る人と出来ない人が混在する教室運営って、難しいよね。

 お金払ってきてくれるのにさ、その投資分回収できないと虚しいぢゃん。
 各人のパーソナリティもあるし、温度差があると、行き着く先も違うしねぇ・・・・・・。
 同じベクトルで、右向け右は、なかなか出来ないものです。

 まさか、私らみたいに、一ヶ月、ひたすら運針のみ!!
 とか、できないしねぇ・・・・・・。

 運針しながらひとつの作品を作り上げるのに浴衣はいい材料だけど、その浴衣を作る土壌が無いわけで、それを習いに来るといっても過言ではない・・・・・・よね?
 運針の練習をするために、浴衣を作るか、浴衣を作りたいが為に運針の練習を別にするか。

 だってさ。
 気に入った反物があって、これを、人に頼まずに自力でやってみようと思うその原動力って、着た時の満足感だと思うんだわ。
 運針の練習のために浴衣を作るとなると、浴衣の出来って、想像に難くないわけで、そうなると、その思いを裏切ることになりそうな、ならなそうな・・・・・・。

 そんな話もあったりなかったりの今日この頃。
「手縫いdeちくちく」

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2 Comments

Comment

Re: タイトルなし

教えることと自分でやることは、別物ですよね。
よく言われるのが、良い選手が良い監督ではない。
教える技術はまた別物です。

まだ、見習いのころ、5年生になると、入りたての一年生を指導する役割が回ってくるのですが、まっさらな状態から教えるということは、本当に難しいことでした。
基礎知識でさえないわけですから、それを忘れると、「それって何ですか?」ってなるんです。
知らないから、当然なわけですが、「知らないのか!?」と、改めて驚き、また、遡って説明が始まるのです。

見習いのころに、いましたよ^^
「縫ったこと無いんですが、袷の訪問着を縫いたいんです。教えてください」という人。
お師匠さんは、なめとんのか!? と、さりげなく、怒ってました。

ま、でも、お弟子さんを育てるつもりはありません。

教材の確保が出来ません^^
お単衣が、一日一枚、月、20日として、20枚。それが12ヶ月。

・・・・・・・・><ムリ、ムリ、ムリ、ムリ
2013/09/20(Fri) 18:35:36 | URL | ひわ [ Edit]

私のところにも、時々和裁を教えてという人が来ますが、私には教える根気がないので断っています。

人に教えるって、ある種の才能と根気がいりますよね。

私の先生は女学校の家庭科の先生だった方で、教えることにかけてはプロでした。

晒しの肌襦袢二枚→寝巻き→浴衣数枚→長襦袢→単衣(これを何枚も)縫ってから、ようやく袷でした。

当時はウールの着物があったので、単衣の教材には事欠きませんでしたが、縮緬の単衣はまた違いますしね。

私の頃にはおばさんたちは普段でも着物人が多く、普段着の需要もありましたが、昨今浴衣の値段もバカにならないので、先ず教材選びが大変でしょう。

洗い張りする人も少なくなったと、染物やさんが嘆いていました。

若い和裁士さんが修行時代、いきなり留袖の縫い方を教えてくれと、和裁所に来た人がいたそうです。

全く和裁の心得がないにもかかわらず・・・・・・

とにかく教室開催は是非実現してほしいですが、相当な覚悟も必要なようです。

頑張ってください。
2013/09/20(Fri) 10:16:40 | URL | ちあき [ Edit]
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