縫い子さんの日がな一日(改)

「若き職人」の称号を返上しつつ、中々、「熟練の職人」になれない田舎の仕立て屋さんの日がな一日

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よいお年をお迎えください。

今年もお世話になりました。
来年は、いろいろと抱負もありますが、まずは、今年の自省を基に、私生活を、だね・・・・・・。

寒波が来ると申しますが、ご自愛くださいませ。
よいお年を。

ひわ 拝
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日記

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何のために・・・

 何でもかんでも興味を持つのは、悪くはないが、よくもないと思う今日この頃。

 3ヶ月前ほどに、ハコセコセットに興味を持ち、あれこれと見て回ってたら、自作できるらしい。と、気付いた。
 とあるサイトに、ハコセコセットの教本が、¥×.000- で、販売されていたので取り寄せてみた。

 家から、自発的に出ることがないので、親の買い物に、財布の紐としてぴろぴろと引っ付いていく隙を狙って、買い集めた材料@ほぼ100禁。・・・じゃなくて「均」。まだ、足りない。

 で、地道にコピーをとったり、型紙を取ったりしていたら、こんどは、ビーズの半衿とやらに興味を持った。
 これは、ビーズ玉をいっぱい使うので重たいらしいが、どうやら、鉤針編みの細編みオンリーで出来るらしい。
 普段着に、かわいくない?
 紬や小紋にあわせて妄想してみたら、なんかいい感じになってきたので、親の買い物の財布の紐として・・・・・・(ry
 まだ、ビーズが揃っていない。

 でも、指定の糸は、細かった。レース糸#40。
 これほど細い糸が必要なのか? ついでに、レース糸を検索してみたら、タティングというレースの技法があるらしい。これがまた、細いのなんのって。

 さて。
 半分ほども、準備は整ったが、材料をそろえて満足してしまうのが、右京さん@相棒 風に言うと、「わたしの悪い癖」。

 これが出来上がる日が来るのか、こないのか。



 こないに、一票。
日記

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器用かといわれれば・・・・・・。

よく、言われる。

「和裁!? 器用だねー!!」

ワタクシは器用ではない。
右といわれれば左をむく人だ。・・・・・・ちょっと意味が違うか。
でも、器用な人は、頭の中の情報整理がスムーズな人なのだと思うよ。

例えば、右を向いて、左を向いて、右を向いて、こっちみて。

といわれれば、そうする人だ。
そこで、「何で、右を向いた後上を向いちゃいけないんだ」とか、「左を向いた後に、下が気になったから、そっち見ちゃった(・ω・`) 」という人は、不器用な人だ。
人の話を聞いていないだけ、ともいう。
例えば、取扱説明書で、隅っこの小さな注意書きが気になる人は、不器用な人が多いと信じている。
普通に操作するだけで、その小さな隅っこに必要な情報はない。でも、気になる。

具体的には、糸が絡む。
不器用なので、解こうとすると、ますます絡む。さらに絡む。もっと絡む。
・・・・・・ムキーっ、となって、ぶち。っと切る。
あるいは、もう、使い物にならないくらいに、モケちゃって、切るしかなくなる。
器用な人は、そもそも、糸は絡まない。糸捌きが上手い。
「下手の長糸、上手の小糸」というらしいが、長くても短くても、絡むものは絡むのだ。

ということを踏まえて。

小さな小物を作るのは、大変苦手だ。
苦手なのに、最近、小物に興味が沸いて来た。

七五三の3歳用のハコセコがあるらしい。
気になる。
すごく、気になる。

組紐は組めるが、ビーズ細工は、大変苦手だ。
ハコセコの、どこにビーズ細工がいるかというと、簪。
ビラ簪というらしい、はこせこ用のビラビラの簪のことだ。
買えばいいのに、種類が一種類しかない、ということだけで、自作しようとしている考えなしがここにいますよ。

お正月の箱根駅伝でも見ながら、まずはハコセコ工作に精を出すことにしようと思う。
日記

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初心に帰ろう!

 和裁を始めたとき、何も考えてなかった。
 最初に入った専門学校は、専門学校とは名ばかりの、時代劇などに出てくる縫製作業場のようだった。
 見てくれは、立派な建物であり、全寮制でこれまたご立派なカリキュラムとやらがあり、すばらしく立派な建前があった。どきどきしながら、ふたを開けてみたら、ひたすら、縫う。生け花とか体育の時間とかあったが、その授業を受けるとき、大変な度胸を要した。カリキュラムとは、タダの張りぼてだった。
 精神的に、「わたしたちは、縫い子です。ひたすら、まっすぐ、縫うだけの人生を送ることが幸せに繋がるのです。和裁、マンセー!!」という洗脳を受け、先生、先輩からは雲泥の贔屓を受けた。雲Levelならその学校での出世は約束されたが泥Levelなら、すぐにでも辞めないと、心身ともに病んでしまう可能性があった。
 そんなところを、3ヶ月ばかりでやめて、立派な職業縫製所に就職しなおした。
 そこは、仕事として着物の縫製を請け負う縫製所なのだが、針の持ち方から、鏝の持ち方、針の打ち方、糸の通し方、針さばき、糸捌き、布の扱い、その他、細々した何もかもを手取り足取り教えてくれて、さらにお給料までもらえた。
 初年度は、姉弟子さんたちの雑用、食事の支度、掃除、洗濯、お使い、何でもさせられた。
 いろんなことを学んだ。5年の見習い期間を経ても、まだ、足りなかったのでもう2年お世話になった。
 いろいろと考えることもあったけど、実り多き7年だった。
 

 和裁士になるには、和裁士会所属の縫製所、専門学校等で4年の実務経験をつみ、所定の検定を合格すると誰でもなれる。
 昔、お医者さんとそんな話しをしたら、医者だって、国家試験受かれば誰だってなれると、ぶっ放されたけれど、そのお勉強レベルは、「誰でも」の範疇が限定的である。和裁はそうではない。
 その時間は、人それぞれに濃さが違うし意味も違う。でも、4年、同じことをし続けることに、変わりはない。
 覚悟が違えば、その過程は変わってくるし、過程が違えば、おのずと結果も違ってくる。
 目指した先、志は違うかもしれないけれど、やってることは同じ。
 国家検定が2級であっても、1級であっても、針と糸をもって和服を縫製することなのだ。

 できる人と出来ない人の知識が違うのは当たり前だし、知ってることと知らないことがあって当然だと思うけれど、だからといって、それを理由に、知らない人を蔑んだり、馬鹿にするのは、仕事以前の問題だと思う。
 インターネットのワールドワイドな世界では、知識や知恵は共有されるところなんだと思っている。
 言葉の端々に、「あたし、こんなに知ってるのよ! あなたの知らないことを、こんなに知ってるし、こんなにがんばってるんだから、知らない人はかわいそうね~」というニュアンスがあっても、それが有益なものであるなら、黙っていいとこ取りしたらいい。無益なものであれば、鼻でせせら笑っていたらいい。
 自分のレベルよりも下の仕事の直しを、「尻拭い」などというのはあまりに傲慢でおこがましいことなんじゃないだろうか。そこに学ぶ事だってあるはずだ。

 上手く言葉に出来ないけれど、とりあえず、ブログに仕事のことを書くのはやめようと思う。
 そんなつもりはなくても、そのように受け止められる自分の未熟さと語彙のなさと勉強不足を反省して。
雑記

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言葉遣いの反省。

猛省中である。

一人寂しく、家でちくちくしていると、ふと、世間様の風が恋しくなる。
みなさん、どうしてるんだろうなぁ・・・・・・。と、よその仕立て屋さんのことも、気になる。

そんなわけで、時間を見つけては、ブログめぐりをしたりするのだが、たまたま行き当たったブログに、へこんだ。

言葉遣いは、この際、不問にして、問題は、その内容。
当たり前のことを当たり前に語っているだけなのに、なんだか、読めば読むほどもやもやする。
同じ和裁士なので、共感もするのだけれど、最終的なところで、いつももやもやする。

原因を考えて考えて、ようやく、分かった。

10年ほども前に、地元に帰ってきて、初めての和裁士会支部主催の講習会で、自分のやり方を頭から否定されたときと、同じ気持ちだった。

全国は長い。北は北海道、南は九州沖縄まで、当たり前だが、気候が全然、まったく違う。
沖縄では雨は降っても雪は降らない。北海道で、台風は直撃しないけれど、地吹雪は舞う。
沖縄と北海道の共通点といえば、どちらも、日本とは違う独特の文化が存在したことだけれど、そこは、今回の話題とは離れるのでまた今度。
北海道と沖縄では、同じ着物は着られない。同様に、それぞれの地域特性においてそれぞれの着物文化というものが合って当然であり、それによって、仕立てが変わってくるのも当たり前、と、私自身は思う。
また、昨今の洋服との融合によって、着物ドレスや甚平の洋服化による普段着から外出着への変化という時代の流れもある。

知識や知恵も、全国一律ではない。
だからこそ、個人的な意見はあって当然だし、何かの不都合の原因を、たった一つに絞りきるのは危険だと思うのだ。

専門家は、偉くない。
専門家は、専門的なことは知っているかもしれないが、それ以外においては無知なのだ。
また、専門家が知っていることは、勉強家の素人のほうがよく知っていることもある。
実際、洋裁のことは、よく分からないし、型紙を聞かれても「・・・・・・」となるが、ハンドメイダーのお姉さんたちには、洋裁のことも和裁のこともよくご存知の方がいる。
同じ、「衣類」を作っているのに、それほども違う。

自分のエントリを読み直してみた。

かなり、独りよがりの事もあるし、言葉も態度も偉そうなところもある。
言い切ったところもあるし、あいまいなまま放置している部分もある。
他人を無下にしている表現もあるかもしれない。
人を認めない傲慢な表現もあったかもしれない。
でも、
少なくとも、同じ和裁士について、知らないことを哀れむような表現をとったことはないと信じている。
私自身、身の程を知らず、分をわきまえないものだけれども、他人をコケにするような人間にはなりたくはない。


努力は・・・・・・、あんまりしてないけど、ね。
日記

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