縫い子さんの日がな一日(改)

「若き職人」の称号を返上しつつ、中々、「熟練の職人」になれない田舎の仕立て屋さんの日がな一日

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燃える男の~♪

稲刈りが始まりました。
4割がた、刈られたでしょうか。

太極拳の体育館は、田んぼの隅っこに建っています。
そこから見える一面の金色の波は、稲穂です。


   あ、ほら、稲刈りしてるよ。


見ると、コンバインが、あぜ道をごとごとと、行きます。


   ♪燃えるおと~この~♪ 赤い……


思わず口ずさんだら、


   「それは、『トラクター』。あれは、『コンバイン』」




( ゚o゚)ハッ! 左様でございました。
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鈴虫。

気を取り直して。


8月末ごろにいただいてきた鈴虫。
当初50匹前後いた幼虫達は、10匹足らずになり、涼やかな鳴き声を披露してくれています。


   昔、昔は、現在の松虫を「スズムシ」、鈴虫を「マツムシ」と呼んでいたようです。
   松虫の「チンチロリン」を鈴の音、
   鈴虫の「リーン、リーン」を松を渡る風の音、
   と聞きなしたそうです。

ちなみに、ワタクシの観察では、
鳴き始めて、音が一番高くなるところから一番小さくなるところを一区切りの「リーン」として、
5回。
鳴くと、黙るようです。

際限なく、リンリンランラン鳴き喚いているわけではないのですね。
考えてみれば、あの小さな体で、アレだけの音量を生み出しているのですから、当たり前といえば、当たり前。

周波数が高すぎて、電話では聞こえないのだそうです。
へー。


風流でいいわね。と思われたあなた。
一度、飼ってみて下さい。

案外、重低音の利いたやかましい音色です。


以下、うちの可愛い鈴虫ちゃん達の奮闘記です。
長いのでお暇な方だけ、どうぞ。 記事の続き


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残暑お見舞い申し上げます。

今日は立秋です。
今日から、秋になっちゃいました。です。

   どこが?

古(いにしえ)の人の言葉を借りるなら、風に、です。


   秋来ぬと目にはさやかに見えねども 風の音にぞおどろかれぬる
                  by藤原敏行(古今和歌集<秋上・一六九>)

今風に言い換えるなら、
「秋が来た! とはっきりとはわからんけどもだ。ちょっとした風の音とか匂いとかそよぐ葉擦れの音なんかで、秋が来ちゃったんだな。って思ったりなんかして」(訳:ひわ)

昔の人は、風の便りに、季節を感じたんですね。
実際、ススキとか萩とか。結構早くから秋を感じさせてくれる植物も、未だ、穂を出さず。
稲穂はようやく出たばっかり。
むせ返るような湿度と温度で水田を渡る風に乗って、ご飯の甘い匂いがたちこめています。
おいしいお米が、出来ると良いですね。

ちなみに、「立秋」までに梅雨明け宣言が出ないと、その年は、「梅雨が明けなかった」ということになるそうです。
今年は、めでたく梅雨も明け、直後の猛暑で、生育の遅れていた稲穂も回復しているようです。
これで、台風が来なければ万々歳なのにね。

西の皆様、台風にお気をつけください。


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野に咲く花や空のこと。

今日は十六夜です。
昨日に劣らず、煌々と照りわたる月がとってもきれい。
昨日駆け落ちした二人は、今日こそ、誰も手の届かないところまで、逃げ遂せたでしょうか。・・・なんちゃってw

前に書いた記事に重ならないように、時々、自分の書いたものを読み返しています。
つくづく、

   私って、話のわからんやつだな~・・・。

このブログは、そもそも、和裁の話をしようと思っていたのに、
そのことで、前に、反省もしていたのに、
やっぱり話題がずんずんずれていく。

今日も今日とて、「野に咲く花や空のこと」です。


日々、秋めいてきて、コウモリが飛び交う季節になりました。

トンボに季節感はあまりありません。
というのも、真夏にもオニヤンマが飛び交い、ナツアカネがよぎり、シオカラトンボも時々見かけます。
それでも、幼少のみぎり、稲刈りの頃になると、空が真っ黒になるほどトンボが飛び、
「あの黒い大軍の中を帰らねばならんのか・・・」と思うと、怖気がするほどでした。
今は、田んぼも減り、住宅地が造成されてトンボの生息地も激減したせいで、数えるほどです。

空は、うろこ雲が西から東に伸びて、夕焼けが映り、まるで、空と海が逆転したようです。
その下を飛行機が飛んでいきます。
空気も澄んで、遠くの信号がくっきりと見え、電車の窓の明かりがきらきらと、とてもきれい。

あかまんまが、咲き始めました。
水引はまだ、つぼみです。ママコノシリヌグイも今年は、遅い気がします。
十五夜の前には、露草が満開で、野原一面、青い小花模様でした。
群生すると、小さな花って迫力あるよね。
ある意味、海の小魚の大群に似てる。

春先に元気のなかった桜が、とうとう、枯れてしまいました。
とても残念。

せっかく、お友達にも相談にも乗ってもらったのに、何も出来ずに見送りました。
ひとつ、思い出が消えていくようです。 記事の続き


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満月の逃避行

昔々。
まだ、電気も水道もガスも、所謂、ライフラインと名のつくものがなかった時代。

駆け落ちは新月にするものだったそうですよ。


満月が投げかける仄かに青白い光は、意外にも、煌々とあたりを照らすものです。
その明るさは、人影を作るぐらい。

まだ、このあたりに街灯が少なかったころ(・・・も、あったんですよ)、
とっぷりと日も暮れた夜に、月明かりの裏側の山がのっしりと濃い影を落としていたのを思い出します。
そんなふとした「間」に日本の人たちは愛情を込め、物の怪や妖怪と呼ばれる異形のものを作り上げたのだそうですよ。

多分。
今も変わっていないのでしょうけど、街灯が明るく町を照らすようになって、ふと、影に怯えることも少なくなったな。
なんて思ってみたり。

物の怪も妖怪変化も、出番無しです。

昔々に話を戻すと、
満月の夜は、松明無しでも、人が見分けられるほど明るかったそうです。
逃避行の行程には、足元を照らすよい道しるべに、そして、追っ手にとっても、人影をあぶり出す格好の照明です。

だから、自分の足元は犠牲にしても、人に見つからないように、新月を選んだとか。

・・・むぅ・・・。

そこで、考えた。「もしも、私だったら・・・」
いや。
駆け落ちする相手もいませんが、私だったら、満月の逃避行がいいなー。
やっぱり、足元はきっちり確保しながら、未来を照らすお月さんが一緒にいてくれると思えれば、勇気も百倍!?



そういえば、以前、友人にもらったテープの中に、そんな素敵な題名の曲があった気がします。


・・・タイトルじゃなくて、「満月の夜」のほう。後で、探しておこう。 記事の続き


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